No.547:『社長の分身』はいらない──社員が辞めない組織は「考え方」と「仕組み」でできる

「昔は、本気で分身の術が欲しいと思っていました。」
コンサルティング終了後の食事会で、T社長は笑いながら、そう語りました。
T社は、特殊工事を手がける会社です。1年前には、施工、営業、管理、すべてを社長自身が担っており、現場を駆け回る日々でした。「もう一人自分がいれば…」と本気で思っていました。
そこで「理念」をまとめました。自分の考え方を共有することができれば、「自分の分身」ができると考えたのでした。
私は、「それでいかがでしたか?」とお聞きしました。
T社長は笑いながら即答します。
「崩壊しました。」
会社は考え方でできている
会社は考え方で出来ています。それも『社長』のです。
この会社は何を目的とするのか。どのような行動の規範を持つのか。そして、この業務の基準は・・。会社のすべてが考え方です、それも社長の考え方です。
その考え方を示さなければ、「別の考え方を持つ人」もそこに居られることになります。
目的が異なる人も、規律の緩い人も、誰でも「なんとなく居られる」のです。
この状態が良いはずがありません。当然、これでは組織が成り立たなくなります。
これが飲み仲間やスポーツの同好会であれば、何も問題ありません。しかし、自分の人生をかけて行う事業です。それも「良い会社にしたい」と本気で思っているのです。
考え方を曖昧なままにし、それを共有できない者とは、これ以上一緒には先に進めないのです。遅かれ早かれ、その瞬間がどの社長にもやって来ます。
バラバラな考え方では会社を大きく出来ない
そして、多くの社長は、会社としての考え方を定めることに取り組みます。経営理念と行動指針、クレド、ミッションやバリューなど。それらの考え方を示すことで、「組織をまとめよう」と考えるのです。
T社も、まさにその段階に入っていました。T社長は腹を決めて、自分の考え方を明文化したのでした。「こういう会社にしていきたい」、「こういう姿勢で仕事をしてほしい」と。
この時の想いをT社長は正直に話してくれました。
「組織をまとめようという思いはありましたが、それ以上に、自分の分身を作ることを第一にやっていました。」(笑)
すると、そこから半年をかけて会社を去る社員が現れました。その社員の中には、経験もあり、自分一人で現場を納めてくることが出来る社員も混じっています。それは「ある程度予測していたこと」です。「うちは、これを大事にする」と言えば、「それは違う」と感じる人が、出て来て当たり前なのです。それを分かっていて考え方を示したのです。
今までも彼らの態度や言動を見て「違うなぁ」「それは、やめてほしいなぁ」と思うことは多々ありました。しかし、その気持ちを抑えてきたのです。それを伝えて、彼らに辞められては、たちまち現場は回らなくなるのです。
しかし、この数年でT社長は、決意しました。「この考え方がバラバラなままでは、会社を大きくすることは出来ない。また若い人を育てることもできない。この個人事業主の集まりのような会社を変える必要がある。(自分の分身を作らなければ(笑))」と。
人が辞めていく採用とその基準
今の状況は、これまでの会社のつくり方が招いた結果なのです。
・採用では「条件」だけを載せ募集を掛けます。
・選考では、経験と資格、そして「やる気」と「元気」を重視します。・・・独立志向がある人は大歓迎(これが間違い)
・評価では「実績」を第一とします。現場を納める者、稼ぐ者を優遇します(多少素行が悪くても)。
そこには「考え方」はありません。会社の“考え方”が無い所で、人を採り、評価し、給与を払ってきたのです。その結果、組織は「方向性の違う人ばかり」になりました。当然、そこでは業務も考え方も「属人性」だらけなのです。
考え方を示す前に、準備が必要
実は、T社長は3年前にも「考え方」を、社員に示したことがありました。そのとき「社員が辞めていき、現場が回らず、大変な思いをした」ことを経験していたのです。
今回は同じ過ちを犯しません。T社長は、先に「仕組み」を整えることに取り組んだのでした。各業務の方針書、業務フローや業務基準、マニュアルなど。それらの根本には、「考え方」があります。そうして「業務の属人性」を排除していきました。また、外堀を埋める形で徐々に業務の中に「考え方」を入り込ませていったのです。
そして、いよいよ、事業理念や行動指針という会社の根幹というべき考え方を示すに至りました。また、社員はどのような心構えや態度で居るべきか。
その結果、やはり退職者が出ました。彼らの殆どは「個人事業主」のように働く社員で、「独立希望」の者でした。これは、避けては通れない道だったのです。
しかし、今のT社には「仕組み」もあります。また、「考え方」を共有する社員もいます。彼らが活躍し始めていたのです。これで会社は一気に変わることになりました。
T社長は言われます。
「今は、自分の分身が欲しいなど全く思っていません。そんな奴とは合わないし、すぐに独立していってしまいます。それ以上に、自分と全く異なる社員が同じ考え方で働いてくれています。それで満足です。」
まとめ:考え方と仕組みをセットでつくる
会社を「考え方」でつくることです。
「考え方」で採用し、「考え方」で運営し、「考え方」ですべてを回すのです。
そこでは、多様な個性、いくつもの働き方があります。そこでは「考え方だけ」は、共有できているのです。
ただ前提は「仕組みがあること」。
仕組みが無いうちの「考え方」の展開は、少なからずの社員の退職と混乱を招くことになります。
考え方と仕組み(手段)は、同時に整備していくのです。
それで会社は生まれ変わります。
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矢田 祐二

理工系大学卒業後、大手ゼネコンに入社。施工管理として、工程や品質の管理、組織の運営などを専門とする。当時、組織の生産性、プロジェクト管理について研究を開始。 その後、2002年にコンサルタントとして独立し、20年間以上一貫して中小企業の経営や事業構築の支援に携わる。
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